本記事は、2024年3月19日に開催された「Governance for Impact インタビューシリーズ / Zebras Cafe 特別編 〜 会社はだれのもの?!短期利益ではなくパーパスに資する「スチュワード・オーナーシップ」の実践をヨーロッパからきく」について、スピーカーの英語での発表を日本語にしてまとめたものです。(記事:野崎安澄、山本未生)

 

英語でのイベントについては、こちらの動画をご覧ください。

 

スピーカー

アニカ・シュナイダー (Annika Schneider)
Lead International Partnerships, PURPOSE

ビジネス専攻で学んだ後、利益を優先し、従業員を「交換可能な資源」とみなし、売却などエグジットによって大きな富を創業者が得ることだけが成功とされる経済システムを何度も経験。この経験への違和感から、人間と地球に貢献する経済にコミットするため、2019年にPURPOSEに入社。現在は、PURPOSEのグローバルパートナーシップを率い、世界中の起業家と関わっている。スチュワード・オーナーシップがもつ変革力―構造的な問題に取り組み、エネルギ―と前向きな力に溢れる職場を世界中に生み出すこと、に深く情熱を注いでいる。

 

経済に内在する2つの原則が私たちの存在を脅かしている

アニカ:
最初に、スチュワード・オーナーシップと私の出会いについてお話します。大学卒業後、ベンチャーキャピタルの出資を受けたスタートアップでアントレプレナー・イン・レジデンスとして働き始めました。

(起業家として)アイディアにあふれていたのですが、2日目から私の期待は打ち砕かれました。社員はお互いをよく知らず、雰囲気も悪かったので、社員が交流するためのランチを提案しましたが、「毎月の売上目標に集中しなければならない」、「投資家のビジョンに合わない」という理由で受け入れられませんでした。

投資家は議決権を持つなど大きな力を持っているにもかかわらず、働き始めて半年もの間、私は投資家の姿を実際に見たことがありませんでした。

ある日、投資家たちがオフィスに来て、社員に自己紹介すると聞いてワクワクしていました。「これはチャンスだ」と思いました。この会社にインパクトを与えるようなプロジェクトを提案できるかもしれない。

ところが、会議室から出てきた投資家にアイデアを売り込もうと席を立った私を、彼らは無視して通り過ぎ、去っていきました。それが、その会社にいた1年半の間に、投資家に会った唯一の機会でした。

なぜこの話をしたかというと、私たちの経済に内在する2つの原則を如実に示しているからです。

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

第1の原則:お金で力が買える(Money Buys Power)

投資家は大金を持っていたからこそ、会社における大きな権力を持っていました。

 

第2の原則:企業は主に株主価値を最大化するために存在している

会社の社員は、会社の価値を高め、株主価値を最大化するために存在しています。

これらの原則は、多くの逆説的な効果をもたらしています。株主価値最大化のための行動の結果、地球の資源の限界を超え、世界中で不平等が拡大し、お金と権力の集中するなど、私たちの存在の根幹が脅かされています。

企業が、実際に働いている人ではなく、不在のオーナーである投資家に支配される結果、社会問題を解決するために投資できるはずのパワーやエネルギーが失われているのです。

 

木の根っこ、オーナーシップを変える

私たちに何ができるでしょうか?

世の中には既にCSRガイドラインのような企業を統制しようとするあらゆる規制・規則があります。企業を「木」だとイメージすると、ガイドラインや規制は、その「枝」を切り落としたり、飾りつけたりするようなものです。

木を変えたいのであれば、その「根っこ」を見る必要があります。企業の根っことは所有権(オーナーシップ)のことです。企業のオペレーティング・システム(OS)、深いところにあるデザインです。オーナーシップは、企業の意思決定のあらゆる層に影響を与えています。

オーナーシップには、主に議決権と経済的権利という2種類の権利が含まれています。議決権は、会社の何かを決定する権利。経済的権利は、会社の価値から利益を得る権利です。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

企業ではこれらの権利がまとめられて投資家に売られていますが、そうしたくないという企業や起業家を中心に、オーナーシップについて再考する動きが起きています。

 

議決権と経済的権利を分けるスチュワードオーナーシップのアプローチ

スチュワード・オーナーシップにおいては、オーナーシップの権利である議決権と経済的権利を分け、次の2つの原則に沿って設計しなおします。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

第1の原則:自己決定の原則

議決権は、もはや売買できる商品や投機の対象ではなく、会社の使命や事業に密接に関係する人々に属することになります。不在のオーナーではなく、スチュワード・オーナーが会社の舵取り役であり、議決権を持ちます。

 

第2の原則:目的志向

利益は目的ではなく、目的達成のための手段です。会社で生み出された価値を株主が引き出すことはできず、利益は再投資されたり、資本コストに充てられたり、寄付されたりします。

けれども、これらの原則を壁に貼っておくだけでは、つくった人がいなくなったり、気が変わったりしたら、壁からはがされてしまいます。

このため、原則は長期にわたって変更できないように法的に縛っておくのです。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

スチュワード・オーナーシップを導入する企業

スチュワード・オーナーシップは、新しいものではなく、多くの先駆者がいます。歴史的にこのような体制をとってきた企業が日本をはじめ世界にあります。

例えば、デンマークにはスチュワード・オーナーシップの企業財団が数多くあり、ドイツのボッシュやツァイスといった巨大企業もスチュワード・オーナーシップです。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

これらの企業は以前から存在していましたが、このような所有権や会社経営の方法を表す言葉や情報がなかったため、PURPOSEで調査を行いました。その結果、上記の2つの原則を見つけ、スチュワード・オーナーシップという表現を付けたのです。

PURPOSEが10年前にこの活動を始めて以来、多くの企業がスチュワード・オーナーシップへと変貌を遂げました。

現在スチュワード・オーナーシップを導入している企業には様々なタイプがあり、ドイツを拠点とする小さな会社もあれば、アメリカの大企業もあります。

スチュワード・オーナーシップを導入しようとする企業は、2つの原則を担保するために、自国の法律に適した有効な方法を見つける必要があります。たとえばパタゴニアの法的形態は、soul bottlesのようなドイツの小企業とは異なります。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

スチュワード・オーナーシップを導入する企業には、3つのパターンがあります。

  1. スチュワードシップにもとづき、企業の価値に沿った事業承継をしたいファミリービジネス
    家族に家業を引き継ぐのではなく、別のオーナーシップモデルを確立したい同族企業。
  2. より一貫したオーナーシップ・モデルを求める起業家
    会社を独立性を保ち、ミッション主導で存続させたい起業家。
  3. 長期にわたりミッション主導型かつ独立した企業を目指すスタートアップ
    パタゴニアのような企業は、独立した存在であり続けてきたからこそ、ここまで大きく成功できたと言えるでしょう。すべてユニコーンとして売却されるのであれば、長期的な影響力を持つ大企業は生まれません。

 

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

スチュワード・オーナーシップのもたらす価値

投資家が、議決権を放棄し、経済的権利の一部を放棄して、実際に企業はうまくいくのか?

スチュワード・オーナーシップ企業が多く存在しているデンマークでのデータによると、スチュワード・オーナーシップを導入する企業は成功しており、そうでない企業よりも成功する可能性があることも示されています。

  1. 長期指向とESGパフォーマンスの向上
    スチュワード・オーナーシップを採用する企業は、短期的利益の追求のために株主が圧力をかけてこないため、長期的な視点で計画を立てることができます。 これが、ESGパフォーマンスを向上させ、環境を傷つけるような決断を下すことが少なくなります。
  2. よりエクイティが実現される社会へ
    従業員レベルまで原則を浸透させることができれば、所得の向上や安定、男女間などの賃金格差も少なくなります。
    そして、経済的な余裕がない人や女性が、スチュワード・オーナーシップの起業家になるケースも生まれており、社会的流動性にも寄与します。
  3. より分散化した経済へ
    スチュワード・オーナーシップ企業が増えれば、資金や権力が少数の手に集中することが少なくなり、より分散した経済へとつながります。

 

スチュワード・オーナーシップの実践をナラティブ、仕組みづくり、資金面で支援するPURPOSE

PURPOSEは、スチュワード・オーナーシップの企業の設立を支援したり、共同設立もしています。

(出典:PURPOSE発表資料より抜粋)

 

スチュワード・オーナーシップのアイデアを取り入れるための第一の課題は、このコンセプトがまだほとんど知られていないということです。

メディアでよく耳にするのは、「またユニコーンだ」「やった、また売却した。起業家たちは大成功だ」ということだけです。私は長年ビジネスを学ぶ中で、スチュワード・オーナーシップのような話は一度も聞いたことがありませんでした。

最初の主要課題は、このナラティブの欠如を克服することです。私たちは、スチュワード・オーナーシップにまつわる、より多元的な物語を築きたいと考えています。このあと登壇するステファンのような起業家が、投資家の圧力から会社を解放し、最終的にはどんな投資家よりも会社に利益をもたらした、というストーリーを伝えたいのです。

ただ、起業家が「素晴らしいアイデアだ、やってみたい」と思ったとしても、現在ほとんどの国で、スチュワード・オーナーシップを実現するのは、非常に難しく、複雑で、費用がかかります。

そこでPURPOSEグループのパーパス財団では、弁護士などパートナーと協力して、様々な国で有効なガバナンス・モデルを見つけています。

最後に、起業家がスチュワードオーナーシップを実施する際には、投資家から株式を買いとるなどのために、特に新興企業には資金が必要です。

そのため、私たちは2つの投資ファンドを設立しました。(Pupose VenturesとPurpose Evergreen Capital)これらの投資ファンドでは、投資家から株を買い取ったり、起業資金を融資しています。

このあと登壇するステファンは、スチュワード・オーナーシップを知らなかった起業家の一人です。彼は、スチュワード・オーナーシップを実現するために非常に困難な道のりを歩み、資金を必要としていました。

彼らのような起業家を支援し、鼓舞していくのが私たちの使命です。

対談後半は、スチュワード・オーナーシップに移行したドイツの起業家ステファンのお話です。)

 

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